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約3年前の交通事故~チームプレイの罠・本田選手は正しかった~

2015年12月24日

こんにちは。

鹿児島 アルファジム トレーナー愛甲です。

本日は、今からちょうど3年前に私の目の前で起こった交通事故について。

3年前、私がサラリーマン時代に朝、徒歩通勤をしていた時のこと。およそ300メートル先で、反対車線から私の歩いている側に向かって自動車が突っ込んできた。

朝の通勤ラッシュで人も自動車も多い時間ではあったが、幸いにもガードレールにぶつかって、二次被害はなかった。しかもバス停のほんの数メートル手前であったため、目撃者も多数おり、すぐさま人が集まったので消防・警察にはすぐに連絡の行く状況。

人気のないところでの事故なら発見から通報までが遅れたであろうが、不幸中の幸いで、朝の通勤ラッシュ時の国道なので、あとは警察・消防の到着を待てばいい。

しかし、現状はこうではない。

私も300メートル先から徐々に歩行速度を上げて、現場に到着した。そこにはもちろん反対車線からぶつかった車がある。

そしてなんと運転手は白目をむいて、泡を吹いて痙攣している。

この状況から、単なる運転のミスではないというのはお判りでしょう。

このような状況なら、まず何を選択するだろうか?

ほとんどの人が警察・消防に連絡でしょう。しかし私より先に大勢の人(7人くらい)が事故車に近づき、中の状況を把握していた。しかしその中に誰一人通報した人はいなかった。事故発生から2~3分経っているのに…

結局、私が連絡し、手続き上の第一発見者・目撃者になった。

このことから言えることは何か?

鹿児島県民が冷徹だということではない。もっといえば、最初からそこにいたおよそ7人が非情な人間だったということでもない。さらに通報した私が英雄でもいない。

現場が ”チームプレイの罠” にハマってしまったということ。

いわゆる集団意識の負の部分が出てしまったのです。「チームプレイ」と聞くと、みんなで力を合わせて頑張ろうみたいなイメージがあり、特に日本人にはウケがいいという。悪い言い方をすれば、支配したければ「チームプレイ」と言い聞かし、課題を与えればあとは動いてもらえる。

しかし「チームプレイ」にも私が体験した3年前のような負の部分も出てくる。お互いがお互いに依存して結局何も行動を起こさずやり過ごしてしまった。「誰かがやるだろう」精神だ。みなさんも職場の同僚にこの精神を持ち合わせている人にイライラしたことがあるでしょう。

そこに ”チーム外” の私が来てやっと通報に至った。

だから、先の7人も私も思いやりとか優しさとか人並みに持ち合わせていたでしょう。しかしチームプレイの負の部分がそうさせなかった。もし私も最初から事故現場にいたらただ眺めていただけで、他に ”チーム外” の人間が来るのを待っていたでしょう。

他人の危機が迫っていてもチームプレイが負の力を発揮してしまうと、個人の能力は封印されてしまう。

このことから言えることは常に集団でいることは個人の力を発揮できなくなる。そして、

助けてほしいときは、「みんな助けて!」というのではなく誰かを指名して、その人をチーム外に引っ張り出して願いを請うこと。

さらにこんな実験結果もある。

「リンゲルマン効果」とよばれるもの。どのようなものかといえば、

1~8人と人数を変えてロープを引かせて、そのたびに1人あたりの力を測るというもの。

100㎏で引くことのできる人を5人集めてロープを引かせても100㎏×5人=500㎏とはならない。人が増えれば増えるほど全体の引く力は増えるが、一人当たりの引く力は減るのです。

この実験では1人でロープを引く力が63㎏の人を集めて行った。3人になると全体で約190㎏になる計算だが実際は約160㎏。一人当たり約53㎏になり、一人当たり約16%の ”手抜き” が認められた。

さらに、8人に増やすと約504㎏になる計算だが実際は約248㎏になった。一人当たり約31㎏しか出ておらず、約50%の ”手抜き” が認められた。

これが「社会的手抜き」と呼ばれるもので、人が増えれば増えるほど「誰かが代わりにやるだろう」という心理が働く。

だから、いつもいつも ”チーム” や ”群れ” でいることは個人の実力を最大に発揮するには全くもって向かない。逆に行動を鈍らせてしまい、やもすれば一番”出来の悪い”人に合わせなければならなくなる。

動物の世界を見ても、家族以外の ”群れ” でしか生きていけない動物は間違いなく、「弱肉強食」の「弱肉」のほうで、ウサギとか、ネズミなどです。

これらの動物は ”個” の力が弱いからこそ家族以外の ”チーム” を組んで常に群れている。

”個” ではとても生きていけないのです。

だから逆も起こる可能性もある。「弱肉」でなく「強食」側にいても、いつもいつも ”群れ” に属していていれば、”個”の力を最大限に発揮することがなくなり、いつの間にか「弱肉」になる。

上記の「リンゲルマン効果」の例にとるとわかりやすいでしょう。

彼らがいつもいつも8人で”群れ”を組んでロープを引いていると、ついには元々もっていた「63㎏で引く力」は失われるでしょう。まちがっても「63㎏で引く力」以上の能力は手に入れられないでしょう。

合理的に言えば、ひたすら一人で強くなって70㎏引く力をつけて、そのあともう一度”群れ”にもどればいい。そのとき前回同様50%の手抜きを各々がしても、総計で280㎏にはなる。

こう考えればサッカー日本代表の本田選手がチームを強くするために ”チームワーク” ではなく ”個の力” を推したのもうなずける。

結論。

いつもいつも群れに属しているのは、個人の行動力・成長を奪うどころか、結局はチーム全体の成長をも押し下げることになる。だから、「みんなでお勉強」、「みんなでお仕事」が常になると”個”の力はまず伸びることはないでしょう。

上記の交通事故の例をとっても、行動力はみんな持っているはずだが、チームになったとたんそれは封印される。

いつもいつも群れては危険。群れから離れて単独行動がとれないのはすでに「弱肉」化が始まっているサインかもしれない。また競争相手がいなくなるではないか!と言われそうだが、上記のロープの例をとってみれば、現在63㎏引けるなら70㎏引ける自分を競争相手に切磋琢磨すればことたりる。

”個の力”を伸ばしたければ、一度チームから離脱したほうがいい。こういう私も「強食」側だから独立したのではなく「弱肉」側であるからそれを改善したいためにこの選択ををしたことに間違いありません。

人の社会は「弱肉」側だからといって、野生界と違って命までは奪われることはないです。独立することはなくても、一度群れから離れて、個の力を伸ばしてから群れに戻って、群れの主になるなり何なりすれば、自分も大切なチームも恩恵をうけることになる。